【概念思考|希望】
「希望」とは、あることが実現することを待ち望むこと、また、その気持ちを意味します。
「希」という字は、織物の縦糸と横糸を表す「爻」と、布を表す「巾」から成り立っています。もともとは目の粗い、まばらな織物を表し、そこから「数が少ない」「めったにない」という意味に転じました。さらに、めったにない価値あるものを求めることから、「ねがう」「のぞむ」という意味でも使われるようになったとされています。
一方の「望」は、背伸びをして遠くを眺める姿を表した漢字です。遠くにあるものをじっと見つめることから、「遠くを眺める」「期待する」「待ち望む」という意味になりました。
私は「希望」を概念化すると、
「在るべき状態」
「信念」
「生きる目的」
の三つで捉えています。
希望とは、夢から現実に一歩進んだ状態なのではないかと思います。
夢の段階では、「こうなったらいいな」という期待やイメージが中心です。しかし、それが希望になると、自分が望んでいる状態を、まだ漠然とではあっても言葉にできるようになります。
「自分はどう在りたいのか」
「何を実現したいのか」
「どのような状態を目指したいのか」
その姿が少しずつ見え始める。それが、私の考える「在るべき状態」です。
そして、在るべき状態が見えてくると、現在との間にあるギャップも見えてきます。
何を学ぶ必要があるのか。
誰と一緒に行動するのか。
どのタイミングで実践に移すのか。
夢の段階では曖昧だったものが、希望になることで、現実感を持って考えられるようになります。希望とは、ただ願っている状態ではなく、現実へ向かって動き始めるための入口なのだと思います。
しかし、その希望を持ち続けるためには、「信念」が必要になります。
現実には、思い通りにならないこともあります。時間がかかることもあれば、途中で迷うこともある。それでも、自分が目指す在るべき状態を信じ続けられるかどうか。その信念が、希望を単なる願望で終わらせない力になるのではないでしょうか。
さらに、その希望を突き詰めて考えていくと、やがて「生きる目的」へとつながっていきます。
自分は何のために生きるのか。
何のために働くのか。
人生を通じて何を成し遂げたいのか。
希望に対して何度も考察を重ね、自分自身に問い続けることで、やがて目的として言葉にできるようになります。
私は、人生の目的は高邁なものであるべきだと思っています。
金銭や地位を得ることそのものを目的にするのではなく、その先にある、自分自身の在り方や他者への貢献、人としてどのように生きるかというところに目的を置きたい。
私自身は、「魂を磨くこと」が生きる目的の一つだと考えています。そこには、できる限り私欲を持ち込まず、純粋な思いで生きる自分でありたいという願いがあります。
目的が定まれば、その目的に近づくための「目標」も決まってきます。
ただし、ここで気をつけなければならないのは、目標はあくまで手段であるということです。
売上を上げる。
資格を取る。
会社を大きくする。
社会的な立場を得る。
これらは目的に近づくための目標や手段であって、それ自体が人生の目的ではありません。
手段が目的にすり替わっていないか。そのためにも、日々、自分自身を内観し、反省することが必要なのだと思います。
夢が希望となり、希望を突き詰めていくことで目的になる。
「こうなったらいいな」という夢が、
「こう在りたい」という希望になり、
やがて「このために生きる」という目的へと変わっていく。
私は、この流れこそが、自分自身の生き方を形づくっていく過程なのではないかと思っています。


