素直
― 従うことと、受け入れることは違う ―
「もっと素直になりなさい。」
子どもの頃から、何度も耳にしてきた言葉です。
しかし、素直とは何でしょうか。人から言われたことに反論せず、そのまま従うことでしょうか。それとも、自分の意見を持たず、相手に合わせることでしょうか。
私は、そうではないと思っています。
素直とは、相手の言葉や目の前の現実を、まず自分の思い込みを外して受け入れてみること。
そして、その上で自分の頭で考えることではないでしょうか。
従うことと、受け入れることは似ていますが、大きく違います。
素直とは、自分をなくすことではない
誰かから意見を言われた時、何でも「はい」と答える人を「素直な人」と表現することがあります。
しかし、言われたことにただ従うだけなら、それは服従に近いものかもしれません。
本当の意味での素直さには、自分の意思が必要だと思います。
相手の意見を聞き、「自分とは違う」と感じても、すぐに否定しない。一度、自分の中に置いて考えてみる。そして、納得できる部分は取り入れ、違うと思えば自分の考えを伝える。
それでも十分に素直なのではないでしょうか。
むしろ、自分の考えを持っている人ほど、異なる意見を受け入れることには勇気が必要です。
素直さとは、自分を捨てることではなく、自分の考えを変える可能性を残しておくことだと思います。
経験が増えるほど、素直になることは難しい
若い頃よりも、経験を重ねてからの方が素直になるのは難しいように感じます。
長く仕事をしていれば、多くの成功や失敗を経験します。それによって判断力も高まり、自分なりの仕事のやり方や価値観もできます。
それ自体は大切なことです。
しかし経験は、時として思い込みにもなります。
「以前も同じことがあった。」
「それは昔やって失敗した。」
「この業界では無理だ。」
経験があるからこそ、相手の話を最後まで聞く前に結論を出してしまうことがあります。
特に、若い人や自分より経験の浅い人から意見を言われた時には注意が必要です。
内容ではなく、「誰が言ったか」で判断してしまうからです。
しかし、環境は変化しています。過去に正しかったことが、これからも正しいとは限りません。
経験とは、本来、新しいことを否定するために使うものではなく、新しい考えをより深く理解するために使うものではないでしょうか。
耳の痛い話ほど、いったん受け入れてみる
素直さが最も試されるのは、自分にとって都合の悪いことを言われた時かもしれません。
「その考え方は違うと思います。」
「説明が分かりにくかったです。」
「部下の話を聞いていないのではありませんか。」
こうした言葉を聞くと、私たちは無意識に自分を守ろうとします。
「事情を知らないからそう言える。」
「こちらにも理由がある。」
「そんなつもりではなかった。」
もちろん、本当に誤解されている場合もあります。
しかし、すぐに反論してしまえば、その言葉の中にあった大切な気づきを失うかもしれません。
だから私は、耳の痛い話を聞いた時ほど、一度、
「そう見えているのかもしれない。」
と受け止めることが大切だと思っています。
相手の意見が100%正しいと認める必要はありません。
ただ、自分には見えていなかったものを相手が見ている可能性を認める。
それだけでも、見える世界は少し広がります。
現実を受け入れることも「素直」
素直さは、人の意見を聞くことだけではありません。
私は、現実を現実として受け入れることも素直さの一つだと思っています。
経営で業績が悪化した時、「景気が悪いから」「人が採れないから」「材料が高騰したから」と外部環境に理由を求めることがあります。
もちろん、それらは現実に大きな影響を与えています。
しかし、変えられない現実を否定しても状況は変わりません。
人が採れないのであれば、今いる人でどう生産するかを考える。原材料が高くなったのであれば、価格や設計、歩留まりを見直す。市場が縮小しているのであれば、新しい顧客や用途を考える。
現実を受け入れることは、諦めることではありません。
むしろ、
「今はこういう状態なのだ」と認めることから、次の行動が始まる。
そこにも素直さがあると思います。
「分からない」と言える強さ
年齢や役職が上がるほど、「分からない」と言いにくくなることがあります。
経営者だから知っていなければならない。管理者だから答えを持っていなければならない。長年この仕事をしているから、若い人には聞きにくい。
しかし、知らないことを知っているふりをしても、新しいことは学べません。
私は、「分からないので教えてください」と言えることも素直さだと思います。
自分より若い人からでも学ぶ。部下からでも教えてもらう。違う業界の人からも学ぶ。
学び続けるためには、自分が知らないことを認めなければなりません。
素直さとは、学ぶための入り口でもあるのだと思います。
素直であることと、信念を持つこと
では、何でも受け入れていたら、自分の信念がなくなってしまうのでしょうか。
私は、むしろ逆だと思っています。
本当に自分の考えに自信があるのであれば、違う意見を聞くことを怖がる必要はありません。
異なる考えを聞き、それでも自分の考えが正しいと思えば、その信念はさらに強くなります。反対に、相手の考えの方が良いと思えば、自分を修正すればいい。
一度決めたことを絶対に変えないことが、信念ではありません。
新しい事実や考え方に触れた時、自分自身を問い直しながら、それでも大切にしたいものを持ち続ける。
素直さと信念は、決して対立するものではないと思います。
素直とは、変われる力
人は誰でも、自分の経験や価値観というフィルターを通して物事を見ています。
そのフィルターを完全になくすことはできません。
しかし、「自分の見方だけがすべてではない」と知ることはできます。
人の話を最後まで聞く。自分と違う考えを一度受け止める。耳の痛い話から逃げない。現実をありのままに見る。そして、必要であれば自分自身を変える。
私は、それが素直さなのではないかと思います。
素直とは、何でも人に従うことではありません。
自分を持ちながらも、自分だけに固執しないこと。
そして、より良い考えや新しい現実に出会った時に、自分自身を変えていけること。
年齢を重ね、経験を積むほど、それは難しくなります。
だからこそ、私はこれからも、
「自分は本当に素直に物事を見ているだろうか。」
と、自分自身に問い続けたいと思っています。


