離職率を下げるのは給与だけではない

― 人が会社に残る理由は、日々の職場の中にある ―

「給与を上げれば、社員は辞めなくなる。」

確かに、給与はとても重要です。生活に直結するものですし、自分の仕事が正当に評価されているかを感じる大切な要素でもあります。

しかし私は、離職率を下げることを給与だけで考えるのは難しいと思っています。

給与を上げても辞める人はいます。反対に、必ずしも業界最高水準の給与ではなくても、長く働き続ける社員が多い会社もあります。

では、その違いはどこにあるのでしょうか。

私は、人が会社に残るかどうかは、給与のような「条件」だけではなく、日々の仕事の中で感じる「関係」「成長」「納得」「意味」に大きく影響されると考えています。

人は「会社」よりも「職場」で働いている

社員にとって、会社の理念や経営方針も大切です。

しかし、毎日接しているのは直属の上司や同僚です。毎日経験しているのは、目の前の仕事や職場の雰囲気です。

つまり社員は、会社という大きな組織を、日々の職場を通して感じています。

どれだけ立派な理念を掲げていても、上司が話を聞いてくれない、困っていても助けてもらえない、良い仕事をしても何も言われないという状態が続けば、会社への信頼は少しずつ失われていきます。

反対に、忙しい中でも「大丈夫か」「助かったよ」「ありがとう」と声を掛けてもらえる。失敗した時にも、責めるだけではなく一緒に原因を考えてもらえる。

こうした小さな積み重ねが、「ここでもう少し頑張ろう」という気持ちにつながるのではないでしょうか。

給与以上に強い「納得感」

人は、自分だけが損をしていると感じると、不満を持ちます。

同じような仕事をしているのに、なぜあの人だけ評価されるのか。なぜいつも自分ばかり忙しい工程に配置されるのか。なぜ頑張っている人とそうでない人の扱いが同じなのか。

給与の金額そのものより、こうした不公平感の方が強い不満になる場合があります。

ここで重要なのは、全員をまったく同じように扱うことではありません。

経験、能力、役割、成果が違えば、評価や処遇が異なるのは当然です。大切なのは、なぜその評価なのか、なぜその仕事を任せるのかを説明できることです。

すべての判断に社員が賛成する必要はありません。しかし、理由が分からない状態が続くと、「自分は大切にされていない」という感覚につながります。

経営やマネジメントでは、正しい判断をすることだけでなく、その判断を社員が理解できるように伝えることも大切だと思います。

「成長している」と感じられるか

仕事を始めた頃は、できなかったことができるようになります。

設備を一人で操作できるようになる。段取りができるようになる。不良の原因を自分で考えられるようになる。後輩を指導できるようになる。

こうした成長は、仕事を続ける大きな力になります。

しかし、毎日同じ仕事だけを繰り返し、自分が何も成長していないと感じる状態が長く続けば、「このままでいいのだろうか」と考えるようになります。

特に若い社員ほど、現在の給与だけではなく、「ここにいたら将来どうなるのか」を見ています。

だから会社として、今できていることを伝え、次に何を身につけてほしいのかを話し、その先にどんな役割があるのかを示すことが重要です。

キャリアというと大げさに聞こえるかもしれません。

しかし、「次はこの設備を覚えてみよう」「来年は新人教育を任せたい」「将来は班長を目指してほしい」という会話でも十分です。

自分には次がある。

そう感じられる職場は、人が残りやすい職場になると思います。

1on1は「面談」ではなく、日常の対話

社員定着のために1on1を導入する企業も増えています。

私は1on1そのものは有効な方法だと思いますが、形式だけ導入しても意味はありません。

月に一度30分の面談を行っていても、普段ほとんど会話がなく、面談では上司が一方的に話して終わるのであれば、本来の目的から離れてしまいます。

重要なのは、社員が何を考え、何に困り、今後どうしたいと思っているのかを知ることです。

管理者が答えを与える必要はありません。

「最近、仕事はどう?」

「困っていることはない?」

「今後やってみたいことはある?」

こうした会話を通じて、本人の状態を知るだけでも意味があります。

退職を決めてから「何か不満があったのか」と聞くのではなく、辞めるという結論に至る前に、小さな変化に気づける関係をつくることが大切です。

人が辞める時、残った人も会社を見ている

離職について考える時、辞める本人だけを見てはいけません。

一人が辞めた時、残っている社員もその会社の対応を見ています。

辞めた人について陰で悪く言うのか。それとも、これまでの貢献に感謝して送り出すのか。

人が辞めた原因を「本人の問題」で終わらせるのか。それとも、自分たちの職場にも改善すべき点がなかったかを考えるのか。

その姿勢を、残った社員は見ています。

誰かが辞めること自体を完全になくすことはできません。しかし、その出来事から何を学ぶかによって、次の離職を防ぐことはできます。

退職は、ある意味では職場からの重要なフィードバックでもあります。

給与は大切。でも、それだけでは人は残らない

給与を軽視するべきではありません。

仕事内容や責任に見合わない処遇であれば、不満が生まれるのは当然です。

しかし、給与を上げるだけで、上司との関係が悪いまま、仕事の意味が分からないまま、成長を感じられないままでは、根本的な問題は残ります。

人が働き続けたいと思う会社には、給与だけでは表せない価値があります。

自分の仕事を見てもらえている。困った時には相談できる。努力を認めてもらえる。評価に納得できる。成長する機会がある。そして、自分の仕事が誰かの役に立っていると感じられる。

こうしたものが積み重なって、「この会社で働き続けたい」という気持ちになります。

離職率は、日々のマネジメントの結果

私は、離職率を単なる人事指標として見るべきではないと思っています。

そこには、管理者の育成、仕事の割り振り、評価制度、教育、コミュニケーション、職場環境など、会社の日常的なマネジメントが表れます。

だから、離職率が高い時には「もっと給与を上げなければ」と考えるだけではなく、

社員が毎日どのような気持ちで仕事をしているのか。

そこまで見てみる必要があります。

人を採用することが難しくなるほど、今いる人に長く働いてもらうことの価値は高まります。

そのために必要なのは、人を引き止めることではありません。

この会社で、もう少し頑張ってみたい。ここで成長していきたい。

そう思える職場を、日々のマネジメントによってつくっていくことではないでしょうか。