社員が辞める会社と、残る会社の違い

― 給与だけでは決まらない、日々のマネジメントの差 ―

「最近、若い社員がなかなか定着しない。」

製造業の経営者や管理者から、よく聞く悩みです。

人が辞めると、採用費も教育時間もかかります。新しい人が入るまで、残った社員の負担も増えます。さらに、熟練者が辞めれば、技能やノウハウまで失われることがあります。

そのため、離職の問題を「採用の問題」として考えがちですが、私はそれだけでは不十分だと思っています。

もちろん、給与や福利厚生は重要です。しかし、人が会社に残るかどうかは、待遇だけで決まるものではありません。

むしろ日々の仕事の中で、**「ここで働き続けたいと思えるかどうか」**を左右しているものは、もっと身近なところにあるのではないでしょうか。

人は「仕事」だけで辞めるわけではない

同じ仕事をしていても、長く働く人もいれば、短期間で辞める人もいます。

その違いを考えると、仕事内容そのものだけでは説明できないことがあります。

上司が自分の話を聞いてくれるか。努力を見てくれているか。困った時に相談できるか。人によって扱いが違わないか。自分の仕事が会社の中でどんな意味を持っているのか分かるか。

こうした日常の小さな経験が積み重なって、

「この会社で頑張ろう」

という気持ちにもなれば、

「ここにいても仕方がない」

という気持ちにもなります。

退職は、ある日突然決まるように見えても、その前には小さな不満や違和感が積み重なっていることが少なくありません。

だから、退職届が出てから理由を聞くのでは遅いこともあります。

「ちゃんと見てもらえている」という感覚

私は、人が働き続けるうえで大切なことの一つは、自分の仕事を見てもらえているという感覚だと思っています。

毎日頑張っているのに、何も言われない。

ミスをした時だけ注意される。

予定通り生産できても当たり前、問題が起きた時だけ呼ばれる。

これでは、少しずつ気持ちが離れていきます。

反対に、

「昨日の段取り、早かったね。」

「この改善のおかげで助かった。」

「忙しい中ありがとう。」

こうした短い言葉でも、自分の仕事が認められていると感じることができます。

特別な制度を導入しなくても、管理者が現場を見て、良い仕事に気づき、それを言葉にするだけで職場の雰囲気は変わります。

人を評価するということは、査定することだけではありません。

日々の仕事をきちんと見ることも、大切な評価だと思います。

不公平感は、小さな不満を大きくする

職場で大きな不満につながりやすいものの一つが、不公平感です。

「あの人だけ注意されない。」

「いつも自分ばかり忙しい工程に入る。」

「仕事ができる人ほど仕事が増える。」

「評価の基準が分からない。」

こうした状態が続けば、給与に大きな不満がなくても、社員は会社への信頼を失っていきます。

もちろん、すべての社員をまったく同じに扱うことはできません。能力も経験も役割も違います。

だからこそ大切なのは、「同じにすること」ではなく、なぜそうなっているのかを説明できることだと思います。

仕事を任せる理由、評価する理由、配置を変える理由。管理者が説明せず、「決まったことだから」で済ませれば、不満だけが残ります。

納得できることと、すべてに賛成することは違います。

社員が会社の判断に必ず同意する必要はありません。しかし、「なぜそう判断したのか」が分かれば、受け止め方は大きく変わります。

「できる人」に仕事を集中させない

製造現場では、仕事のできる人に仕事が集まりやすくなります。

設備トラブルが起これば、いつも同じ人を呼ぶ。急ぎの仕事があれば、確実にできる人へ頼む。新人教育も、面倒見の良い人に任せる。

管理する側からすれば、非常に合理的です。

しかし、それが長く続くと、優秀な社員ほど疲弊します。

「自分が頑張るほど、さらに仕事が増える。」

そんな状態になれば、会社への貢献意欲が逆に低下する可能性があります。

だからこそ、特定の人に頼り続けるのではなく、技能を標準化し、多能工化し、少しずつ仕事を分散していく必要があります。

これは生産性の問題であると同時に、定着の問題でもあります。

人を大切にすることと、仕事を仕組み化することは、別の話ではありません。

将来が見える会社か

社員が残るためには、「今」だけでなく「これから」が見えることも重要です。

この会社で働き続けたら、自分は何ができるようになるのか。どんな役割を任される可能性があるのか。どのような成長が期待されているのか。

これが見えないと、社員は自分の将来を会社の外に探し始めます。

特に若い社員に対しては、単に「頑張っていればそのうち分かる」と言うだけでは難しいと思います。

今できていることを伝える。次に身につけてほしい技能を伝える。その技能を身につければ、どんな仕事を任せたいのかを話す。

こうした小さな対話を続けることで、仕事が単なる作業ではなく、本人の成長につながっていきます。

1on1も、そのための一つの方法です。

ただし、1on1を制度として行うことが目的ではありません。

社員の話を聞き、会社が期待していることを伝え、将来について一緒に考えること。

そこに意味があります。

辞めない会社をつくるのではなく、残りたい会社をつくる

社員の離職をゼロにすることは現実的ではありません。

本人の人生や家庭の事情もありますし、新しい挑戦のために会社を離れることもあります。

だから私は、「どうすれば辞めさせないか」という発想だけでは十分ではないと思っています。

重要なのは、

どうすれば、この会社でもう少し頑張ってみたいと思ってもらえるか。

ということです。

仕事を見てもらえている。相談できる。努力が認められる。判断の理由を説明してもらえる。成長する機会がある。そして、自分の仕事が会社やお客様にどう役立っているのかが分かる。

こうしたことは、一つひとつを見ると当たり前に見えます。

しかし、その当たり前を毎日続けることは簡単ではありません。

定着率は、日々の経営の結果

離職率が高くなると、新しい制度を導入したくなります。福利厚生を増やす、研修を増やす、手当をつける。それらも必要な場合があります。

しかし、それ以前に見直すべきものがあります。

毎日の上司の言葉、仕事の任せ方、評価の仕方、職場の人間関係、業務負荷、教育、将来の見せ方。

社員は、会社の理念そのものよりも、毎日接する職場や上司を通じて会社を感じています。

だから私は、社員定着は人事部だけの仕事ではなく、現場管理者を含めた経営そのものだと考えています。

「社員が辞めるのは、最近の若者の価値観が変わったから」と考える前に、自分たちの職場が、働き続けたいと思える環境になっているかを見直してみる。

人を採用する力も重要です。

しかし、人手不足の時代だからこそ、今いる人が「ここで働き続けたい」と思える会社をつくる力は、それ以上に重要になっていくのではないでしょうか。