Affordable Loss
― 「いくら儲かるか」より「どこまで失敗できるか」 ―
新しい製品や事業を始めようとすると、まず「市場規模はどれくらいあるのか」「売上はいくらになるのか」「何年で投資を回収できるのか」と考えます。
もちろん、経営として収益性を考えることは重要です。しかし、新しい製品や市場ほど将来を正確に予測することは難しくなります。どれだけ精緻な事業計画を作っても、お客様が本当に買ってくれるか、市場が予想通り成長するかは、実際に動いてみなければ分からない部分があります。
Effectuationには、Affordable Loss、日本語では「許容可能な損失」という考え方があります。
将来どれだけ儲かるかを精密に予測してから行動するのではなく、「もしうまくいかなかったとしても、ここまでなら失っても耐えられる」という範囲をあらかじめ決め、その範囲の中でまず動いてみる考え方です。
私は、この考え方は経営資源が限られている中小製造業だからこそ、非常に有効だと思っています。
成功を予測するより、失敗の大きさを決める
例えば、新製品を開発するために、最初から3,000万円の専用設備を購入するとします。市場調査では年間1億円の売上が期待できるかもしれません。しかし、その予測が外れれば、大きな設備投資だけが会社に残ります。
一方で、まず既存設備を利用して試作品を作り、数社のお客様に評価してもらう方法もあります。最初に投入する費用を50万円、期間を3か月と決め、その範囲で市場の反応を見るのです。
反応が悪ければ、その段階でやめることができます。逆に手応えがあれば、次の試作や設備投資へ進めばよい。
これは、失敗を恐れて慎重になりすぎるということではありません。
むしろ、失敗した時の損失を限定することで、安心して一歩を踏み出せるようにする考え方です。
大きな一回の挑戦に賭けるのではなく、小さな挑戦を何度も繰り返せる状態をつくる。そこにAffordable Lossの大きな意味があります。
完璧な計画を作ってから動く必要はない
新しいことを始める時、「もっと市場を調べてから」「もっとデータを集めてから」と考えることがあります。
もちろん準備は必要です。しかし、すべての情報が揃うまで待っていたら、いつまでも始められないこともあります。
特に新製品や新規事業では、机の上で考えているだけでは分からないことが多くあります。
実際に試作品をお客様に見せてみたら、想定していた機能とは違う部分を評価された。狙っていた業界では反応がなかったのに、別の業界から強い関心を示された。製品そのものより、製造技術や加工方法に価値があることが分かった。
こうした発見は、行動したからこそ得られるものです。
だから、最初から完璧な計画を作ることよりも、許容できる範囲で行動し、そこで得た情報を次の判断に生かすことが重要になります。
損失は「お金」だけではない
Affordable Lossというと、「いくらまでなら損してもよいか」と金額だけで考えがちです。
しかし、会社が失う可能性のあるものは、お金だけではありません。
例えば、新製品の開発に社員一人を半年間専任させれば、その人が本来担当していた仕事はできなくなります。経営者が新規事業に多くの時間を投入すれば、既存事業を見る時間が減ります。
さらに、品質事故や納期問題によって顧客からの信用を失うようなことは、単純な金額だけでは測れません。
つまり、許容可能な損失を考えるとは、投資金額だけではなく、時間、人、設備、信用など、自社にとって大切な経営資源をどこまで投入できるかを考えることでもあります。
特に、絶対に失ってはいけないものは何かを明確にしておくことが重要です。
その境界線を決めた上で、その内側では思い切って挑戦してみる。それが、無謀な挑戦と計算された挑戦の違いではないでしょうか。
小さく試すと、次の判断材料が増える
新しい取り組みでは、最初から正解を知ることはできません。
だから私は、小さく試すことが非常に大切だと思っています。
既存設備を少し改造して試作品を作ってみる。10個だけ生産してお客様に使ってもらう。一つの工程だけで新しい方法を試してみる。一社のお客様と共同で実証してみる。
こうした小さな実験なら、失敗した時の影響を限定できます。
一方で、そこから得られる情報は非常に大きなものがあります。
お客様が本当に困っていることは何なのか。自社の技術はどこまで通用するのか。実際に生産すると、どこに問題が起きるのか。想定したコストで作れるのか。
こうしたことが見えてくると、次に進むべきか、方向を変えるべきか、それともやめるべきかを、より具体的に判断できるようになります。
最初から大きな賭けをするのではなく、小さな実験を重ねながら判断の精度を高めていく。これは、大企業よりも意思決定の速い中小製造業だからこそ生かせる方法だと思います。
「失敗できる余白」が挑戦を生む
Affordable Lossは、守りの経営のように見えるかもしれません。
しかし私は、むしろ挑戦を増やすための考え方だと思っています。
一度の新規事業に会社の命運をかけなければならないとしたら、経営者は簡単には挑戦できません。しかし、「ここまでなら失敗しても会社は大丈夫」という範囲が分かっていれば、最初の一歩を踏み出しやすくなります。
一つ目が失敗しても、そこから学んで二つ目を試せる。二つ目で得た知識を、三つ目に生かすこともできます。
失敗をゼロにするのではなく、失敗しても次へ進める状態をつくる。
「失敗できる余白」があるからこそ、挑戦を続けることができます。
予測する経営から、学びながら進む経営へ
既存製品の設備投資であれば、過去の販売実績や生産実績を使って投資回収を計算することができます。
しかし、新しい製品、新しい技術、新しい市場には、過去の実績そのものがありません。
そこで精密な売上予測を作っても、その数字には多くの仮定が含まれています。
だからこそ、不確実性が高いほど、「いくら儲かるだろうか」という問いだけではなく、
「どこまでなら失敗できるだろうか。」
という問いを持つことが大切です。
その範囲でまず試してみる。実際のお客様や現場から学び、その情報を使って次の一歩を決める。こうして、小さな行動と学習を繰り返しながら可能性を広げていく。
人も予算も設備も十分に揃ってから、新しいことを始められる会社は多くありません。
だからこそ、限られた経営資源の中で挑戦を続けるためには、失敗を避けるだけではなく、失敗の大きさを自分たちで管理するという発想が必要になります。
Affordable Lossとは、失敗を恐れないという精神論ではありません。
許容できる損失を自分たちで決め、その範囲では積極的に行動し、そこから学ぶこと。
「いくら儲かるか」を考えることと同じくらい、「どこまでなら失敗できるか」を考える。
それが、不確実な時代に新しい挑戦を続けるための一つの経営の知恵ではないでしょうか。



