「忙しい工場」が「儲かる工場」とは限らない理由

― 人も設備も動いているのに、なぜ利益が残らないのか ―

工場へ行くと、人が忙しく動き回り、設備も止まることなく稼働している。残業も多く、現場からは「とにかく忙しい」という声が聞こえてくる。

一見すると、生産性の高い工場のように見えます。

しかし、決算を見ると利益が思ったほど出ていない。さらに在庫は増え、納期にも追われ、社員は疲れている。そんな工場も少なくありません。

私は、製造業では「忙しいこと」と「儲かっていること」を分けて考える必要があると思っています。

人や設備がどれだけ動いているかではなく、その時間がどれだけ付加価値を生み、最終的に利益やキャッシュにつながっているかを見ることが大切です。

忙しさの中には「価値を生まない仕事」もある

現場が忙しい時、そこで行われている仕事をよく見る必要があります。

材料を取りに何度も歩いている。必要な工具を探している。前工程から製品が来るのを待っている。段取り替えに時間がかかっている。不良品を手直ししている。生産計画の変更によって、一度準備した仕事をやり直している。

これらもすべて作業時間としては使われています。

しかし、お客様がその時間に対してお金を払ってくれるわけではありません。

現場の人からすれば一日中働いているのですから、「忙しい」という感覚になります。それでも、その時間の中に付加価値を生んでいない仕事が多ければ、生産性は上がりません。

だから「みんな忙しそうだから、この工場は効率が良い」と判断してはいけないと思います。

むしろ、忙しい時ほど「何に時間を使っているのか」を見なければなりません。

設備を止めないことが、利益につながるとは限らない

設備についても同じことが言えます。

高価な設備を導入すると、「止めておくのはもったいない」という気持ちが生まれます。そのため、注文が十分になくても、とりあえず作っておこうという判断をしてしまうことがあります。

設備稼働率だけを見れば良い数字になります。

しかし、売れる以上に作れば在庫になります。

在庫になれば材料費や加工費はすでに発生していますが、まだ売上にはなっていません。保管場所も必要になり、製品によっては劣化や陳腐化のリスクもあります。

つまり、設備を動かしているのにキャッシュが減るということも起こります。

設備は動いていればよいのではなく、必要なものを、必要な量だけ、必要なタイミングで作るために使うものです。

「設備が動いているか」ではなく、「設備が利益につながる仕事をしているか」という視点が必要だと思います。

部分最適が工場全体を忙しくする

ある工程の生産性を高めるために、一度に大量生産することがあります。

段取り回数が減るので、その工程だけを見れば効率は上がります。

しかし、次工程がその量を処理できなければ、仕掛在庫として溜まります。前工程が大量に作ったために、次工程は置き場所を確保したり、必要な製品を探したり、運搬したりする仕事が増えるかもしれません。

前工程は「生産性が上がった」と評価されても、工場全体では仕事が増えているのです。

これは製造現場で非常に起こりやすい部分最適です。

それぞれの工程が自分の効率を最大化しようとした結果、工場全体の流れが悪くなることがあります。

大切なのは、一つの設備や一つの工程を最大限動かすことではありません。受注から出荷まで、製品がどれだけスムーズに流れているかを見ることです。

工場全体としての流れが良くなれば、仕掛在庫も減り、納期も短くなり、問題も見えやすくなります。

「残業しているから人が足りない」とは限らない

毎日のように残業が続くと、「人が足りないので採用しよう」という話になりがちです。

しかし、その前に確認したいことがあります。

本当に仕事量そのものが多いのでしょうか。

作業の流れが悪いために残業が発生している可能性もあります。午前中は材料待ちで十分に生産できず、夕方になって材料が揃い、そこから残業して生産しているのかもしれません。

あるいは、段取りや設備停止が多く、正味の加工時間が短くなっている可能性もあります。

こうした状態で人を増やすと、ムダを残したまま人件費だけが増えることになります。

私は、人手不足を考える時には、まず「人が足りない」のではなく、「人の時間がどこへ消えているのか」を見る必要があると思っています。

採用することが悪いのではありません。本当に必要なら採用すべきです。しかし、仕事そのものを見直さずに人を追加すると、忙しさだけが拡大することがあります。

「生産量」ではなく「付加価値」を見る

製造現場では、生産数量が重要な管理指標になります。

昨日は800個、今日は1,000個作った。それだけを見れば、今日は生産性が上がったように感じます。

しかし、その1,000個が本当に必要な製品だったのかを見る必要があります。

需要のない製品を大量に作って在庫を増やしているのであれば、生産数量が増えても会社の利益にはつながりません。

また、不良を多く作ってしまい、後で選別や手直しをしているのであれば、一見生産量が多くても実際の付加価値は低くなります。

だから私は、現場の数字と経営の数字をつなげる必要があると思っています。

生産数量だけではなく、良品がどれだけ出荷され、どれだけ売上や利益につながったのか。在庫は増えていないか。残業や外注費は増えていないか。

工場の成果を経営という視点で見れば、「たくさん作ること」と「儲けること」が同じではないことが分かります。

忙しい工場から「流れの良い工場」へ

本当に強い工場は、いつも人が走り回っている工場ではないと思います。

必要な材料が必要な時に届き、作業者は探し物をせず、設備は安定して動き、不良や手直しが少ない。そして、仕掛在庫を必要以上に持たず、製品が工程から工程へスムーズに流れていく。

そうした工場では、現場が落ち着いて見えることがあります。

落ち着いているから仕事をしていないのではありません。

ムダな仕事が少ないから、忙しく見えないのです。

私は、「忙しい」という言葉を聞いた時ほど、その中身を見ることが大切だと思っています。

なぜ忙しいのか。本当にお客様の価値につながる仕事で忙しいのか。それとも、探す、待つ、運ぶ、作り直す、必要以上に作るといった仕事で忙しくなっているのか。

忙しさそのものには、経営上の価値はありません。

大切なのは、限られた人、設備、時間を使って、どれだけ価値を生み出し、それを利益とキャッシュへ変えているかです。

「よく働いている工場」から「価値が流れている工場」へ。

経営者や工場長が見るべきなのは、現場の忙しさではなく、その忙しさの先に利益が生まれているかどうかなのではないでしょうか。