利他

― 他人のために生きることは、自己犠牲なのか ―

「利他」という言葉を聞くと、自分より他人を優先すること、あるいは自分を犠牲にしてでも相手のために尽くすことを思い浮かべる人もいるかもしれません。

困っている人がいれば助ける。自分の時間を使って誰かを支える。相手が喜ぶことを優先する。確かに、そうした行動も利他の一つだと思います。

しかし私は、利他とは自分を消して他人のためだけに生きることではないと考えています。

自分を犠牲にし続ければ、いつか心にも身体にも余裕がなくなります。その状態では、長く人を支えることはできません。

利他とは、自分と他者を対立させることではなく、自分も相手もより良くなる関係を考えることではないでしょうか。

利他は「自分の利益を捨てること」ではない

仕事では、会社の利益とお客様の利益が対立するように見えることがあります。

少しでも高く売れば会社は儲かります。しかし、お客様に必要のないものまで売れば、一時的には利益が出ても、長期的な信頼は失われます。

反対に、お客様の要求をすべて受け入れ、採算を無視して仕事を続ければ、自社の経営が成り立たなくなります。社員を守ることも、設備を維持することもできません。

だから本当に考えるべきなのは、どちらか一方だけが得をする関係ではなく、双方が長く続けられる関係です。

お客様に価値を提供し、その対価として会社も適正な利益を得る。その利益によって社員の生活を守り、設備へ投資し、さらに良い製品やサービスを提供する。

こうした循環ができれば、相手の利益と自分の利益は必ずしも対立しません。

私は、利他とは自分の利益を否定することではなく、自分の利益だけを考えないことだと思っています。

本当に相手のためになることは何か

利他を考える時、「相手が望んでいること」と「相手のためになること」は必ずしも同じではありません。

例えば、部下が失敗しそうになっている時、上司がすぐに答えを教えれば、その場では助かります。しかし毎回答えを与えてしまえば、その人は自分で考える機会を失います。

少し時間がかかっても、自分で考えさせ、必要なところだけ支援した方が、長い目で見れば本人の成長につながることがあります。

子育てでも教育でも同じかもしれません。何でも代わりにやってあげることが、必ずしも相手のためになるとは限りません。

だから利他には、相手を思う気持ちだけでなく、「本当にこの人のためになることは何だろう」と考える力も必要です。

相手に喜ばれることだけをするのではなく、時には厳しいことを伝えたり、自分で考える時間を与えたりすることも利他になり得ます。

利他には「境界線」が必要だと思う

人のために動くことを大切にしている人ほど、頼まれると断れなくなることがあります。

相談されたから引き受ける。困っているから助ける。また頼まれれば、さらに時間を使う。

それ自体は素晴らしいことですが、それを続けた結果、自分の仕事や家族、自分自身の健康まで犠牲になってしまえば、どこかで無理が生じます。

私は、利他には境界線も必要だと思っています。

自分にできることと、できないことを知る。今は助けられるのか、それとも別の人につないだ方がよいのかを考える。そして、できない時には正直に伝える。

それは冷たいことではありません。

前回の「誠意」ともつながりますが、できないことまで引き受けて結果的に相手へ迷惑をかけるより、自分の限界を正直に伝える方が、相手に対して誠実な場合があります。

利他とは、自分を無制限に差し出すことではありません。自分を大切にすることも、長く他者に貢献するためには必要なのだと思います。

相手のためにしたことが、自分を成長させる

不思議なことに、人のために行動すると、自分自身が学ぶことがあります。

誰かに教えようとすると、自分の理解の浅さに気づきます。人の相談に乗ることで、自分では考えなかった視点に出会うことがあります。誰かを支援する中で、自分自身の経験や知識が整理されることもあります。

相手のために始めたことが、結果として自分の成長につながる。

そして成長した自分が、また別の誰かに価値を提供できるようになる。

私は、この循環がとても大切だと思っています。

利他と自利は、必ずしも反対側にあるものではありません。

他者のために行動することで自分が成長し、自分が成長することで、さらに大きな価値を他者へ返すことができる。

そう考えると、利他とは一方通行の自己犠牲ではなく、人と人の間で価値が循環していくことなのかもしれません。

経営における利他とは何か

会社経営でも、利他は精神論だけではないと思っています。

社員を大切にする。お客様を大切にする。取引先を大切にする。地域や社会に貢献する。

しかし、それぞれの利益がいつも完全に一致するわけではありません。

社員の待遇を良くするためには利益が必要です。お客様へ安定供給するためには設備投資も必要です。協力会社へ適正な価格を支払うためにも、自社が健全に利益を出していなければなりません。

だから経営者には、一人だけを見るのではなく、多くの関係者の間で持続可能な関係をつくることが求められます。

短期的には自社が少し譲った方がよい時もあれば、逆に長期的な関係を守るために「それはできません」と伝えなければならない時もあります。

利他とは、ただ優しくすることではなく、関わる人たちが共に生き続けられる状態を考えることでもあると思います。

利他は「誰かのため」と「自分のため」をつなぐ

私は、利他を「自分を捨てて他人のために生きること」と考えると、長く続かないと思っています。

自分自身も一人の人間です。自分の健康、家族、生活、志を大切にすることも必要です。

その上で、自分が持っている経験や知識、時間、能力を、誰かの役に立つ形で使っていく。

そして、その活動から自分自身も学び、成長し、生きる意味や喜びを感じることができる。

そうした関係であれば、利他は苦しい義務ではなくなります。

「自分のために生きるのか、他人のために生きるのか」という二者択一ではなく、自分の成長が誰かの役に立ち、誰かのために行動することがまた自分を成長させる。

私は、その循環の中にあるものが利他なのではないかと思っています。

利他とは、自分をなくすことではありません。

自分だけのために生きるのでもなく、他人だけのために生きるのでもない。自分と相手の双方を大切にしながら、できることを差し出し、共により良い方向へ進もうとすること。

その積み重ねが、人と人との信頼をつくり、会社を育て、やがて社会全体の豊かさにもつながっていくのではないでしょうか。