【概念思考|不撓】

「不撓」とは、たわまないこと。意志が強く、どのような困難にも屈しないことを意味します。

似た言葉に「不屈」があります。不屈は、困難に直面してもくじけず、意思を貫くこと。一方の不撓には、外から強い力や重圧が加わっても、曲がらず、たわまずに進み続けるという意味合いを感じます。

「撓」という字は、「扌(てへん)」と「堯」から成り立っています。「扌」は手の動作を表し、「堯」は高く盛り上がることを表します。高い枝を手で引っ張り、しならせる様子から、「しなる」「曲がる」「たわむ」という意味を持つようになったとされています。

その「撓」に「不」が付く。

つまり「不撓」とは、強い力を受けても、たわまないことだと捉えることができます。

私は「不撓」を概念化すると、

「芯」
「真っすぐ」
「直視」

の三つで捉えています。

大きな目的を持って生きようとすれば、その目的が大きいほど、背負う責任も重圧も大きくなります。

簡単に進める道ではありません。

途中で思うようにいかないこともある。批判されることもある。横から邪魔をされたり、下から引っ張られたり、時には妬まれたりすることもあります。

そのようなときに必要になるのが、「芯」だと思います。

自分は何のために進むのか。
何を正しいと考えているのか。
どこへ向かおうとしているのか。

それが自分の中ではっきりしていなければ、外から力が加わるたびに、自分自身が簡単に曲がってしまいます。

反対に、何が正しいかを自分なりに考え抜き、それを自分の中に一本の芯として持っていれば、多少の重圧がかかっても進む方向を見失いにくくなります。

次に大切なのが、「真っすぐ」であることです。

大きな目的へ向かう道では、周囲の雑音に気を取られることがあります。

評価されたい。
批判に反論したい。
自分を理解してほしい。

そうしたことに意識を向けすぎると、本来進むべき方向から少しずつ外れていきます。

横を向くのではなく、進むべき方向に正対する。

外野の喧騒に必要以上に反応せず、自分が進むべき道を一歩一歩、真っすぐに進んでいく。

その姿勢もまた、不撓なのだと思います。

そして三つ目が、「直視」です。

困難に遭遇したとき、それを避けたり、見なかったことにしたりすることは簡単です。

しかし、困難から目を背ければ、人は強くなれません。

苦しい状況であっても、その事実をそのまま見る。自分の弱さや不足している部分についても、言い訳をせずに見つめる。

何が足りないのか。
何を学ばなければならないのか。
何を変えなければならないのか。

現実を直視することによって、次に何をすべきかが見えてきます。

私は、不撓の力は最初から備わっているものではないと思っています。

日々学び、実践し、失敗し、反省する。

その繰り返しによって、少しずつ重圧に耐えられる人間力が身についていく。

ときには、選択肢があるなら、あえて少し困難な道を選んでみることも必要なのかもしれません。

そして、その困難を「なぜ自分だけが」と捉えるのではなく、自分を成長させるための機会として感謝して受け止める。

一つの困難を乗り越えるたびに、人間としての芯は少しずつ太くなっていきます。

やがて、それまでなら耐えられなかった重圧にも、たわまず向き合えるようになる。

ただし、その前提には「何のために」という目的が必要です。

私は、大きな目的を持つのであれば、それは自分だけの利益のためではなく、他者や社会のためにつながるものでありたいと思っています。

利己的な欲だけを原動力にしていると、苦しくなったときに「ここまでして続ける必要があるのか」という迷いが生まれます。

しかし、自分よりも大きな目的を持っていれば、困難に耐える意味が生まれます。

一本の「芯」を持つ。
進む方向に「真っすぐ」向き合う。
困難から目をそらさず「直視」する。

その積み重ねによって、外からどれほど大きな力が加わっても、たわまず前へ進むことのできる人間になっていく。

私は、それが「不撓」という強さなのだと思っています。