【概念思考】本質
「仕事の本質とは、自分の魂を磨くためのものであり、これこそが、我々が生まれてきた目的でもある」
生活のために金銭を得ることや、目先の目標を追いかけることは、仕事の表面的な側面にすぎません。私たちはこの現世において、仕事という実践を通してのみ、自らの魂を磨き上げることができます。しかし、多くの場面で私たちは、本質に付帯する特徴や手段に目を奪われ、その手前にあるものを本質と見誤ってしまうリスクを常に抱えています。
「本質」という言葉の語源を紐解くと、揺るぎない核心に立ち戻るための道標が見えてきます。
漢字の起源からみる「本質」
「本」:木の下の部分に一線を惹き、草木の「根元」を指し示した指事文字。転じて、物事の「おおもと」「基点」を意味します。
「質」:財宝を置く鼎(かなえ)を意味する「貝」に、2つのおのを表す「斦(しつ)」の組み合わせ。鼎におので文字を刻んで「誓い・保証」を表したことから、確実な中身や、生まれ持った性質を意味するようになりました。
つまり「本質」とは、時代や環境が激しく変化しようとも、決して揺らぐことのない物事の「根元(本)」であり、その存在の確かさを裏付ける「決定的な中身(質)」そのものなのです。
「本質」を捉える私の概念としては、以下の3点です。
眼力
無欲
探求心
【コラム:KPI迷走の罠を打破するーー手段の目的化を防ぐ「概念思考」の力】
ビジネスや組織の運営において、物事の本質を見誤るケースは後を絶ちません。その最たる例が、会社の存在意義である「理念」や「ミッション」が、それを達成するための通過点にすぎない「ビジョン」や「数値目標(KPI)」へとすり替わってしまう現象です。
いつの間にか、指標を達成すること自体が目的化すると、組織は本来の目的から遠く離れた頓珍漢な行動に走り始めます。どれほど数字をクリアしたとしても、理念という本質に近づくことはできず、結果として残るのは、疲弊した社員と形骸化したシステムという「マイナスの残骸」だけです。
このような悲惨な迷走に陥らないために必要なのが、物事を高い抽象度で捉え直す「概念思考」であり、核心を見抜く「眼力」です。
本質とは必ずしも完全な固定物ではなく、時代や環境、価値観のパラダイムシフトによって、その解釈の核が進化することもあります。だからこそ、私たちは目先の変化に惑わされない「無欲(私利私欲のない視点)」を持ち、物事の真の価値はどこにあるのかを問い続ける「探求心」を失ってはならないのです。
本質を掴んでいる者は、手段がどれほど変化しようとも、決して進むべき軸をブレさせません。仕事をより良くするために学び、善き人と繋がり、魂を磨き続ける。その基点に立ち返り続けることこそが、真の成功への唯一の道です。


