【概念思考】万象我師
「人は人、自分は自分と、別々のいきものだと考えるところに、人の世のいろいろの不幸がきざす」
人を改めさせよう、変えようとする前に、まず自らが改め、自分が変わればよい。この世のすべて、そして目の前にいる人は、すべて自分の心を映し出す鏡にほかならない。この真理に気づくとき、私たちの世界の捉え方は180度変わります。
「万象我師」という言葉、そして「師(師匠)」という漢字の語源を紐解くと、私たちが日々どのような構えで世界と対峙すべきかが見えてきます。
漢字の起源からみる「師」
「𠂤(たい)」:出陣の無事を祈るための祭肉(神へのお供え)、あるいは「小高い丘」の象形。
「帀(めぐる)」:ぐるりと取り巻く様子、または「軍旗」を意味します。
これらが組み合わさった「師」という文字は、もともと「多くの人々が丘に集まり、陣を敷く軍隊」を表していました。転じて、多くの人々を導く者、あるいは私たちを取り巻く「あらゆる人々や環境(万象)」そのものを指すようになりました。
つまり、私たちの周囲を囲むすべての事象や他者は、その存在自体が自らを導き、教えてくれる「軍団=師」なのです。
「万象我師」を捉える私の概念としては、以下の3点です。
投影
変化
人格
【コラム:相手を変えるのではない、ただ「自分」という光源を整える】
目の前の他人の言動に不満やイライラを感じるとき、そのすべては「自分自身の心の投影」にすぎません。 他人は自分の心を映す鏡であり、自分もまた、相手を不快にさせる振る舞いをしてしまっていることを教えてくれている危険信号なのです。
この原理を理解すれば、問題の解決策はいとも単純になります。他人を変えようと躍起になるのではなく、ただ「自分を変えればいい」のです。自分が変われば、映し出される鏡の像(相手)も自然と変わっていきます。
かつて松下幸之助氏は、「犬が尻尾を振る姿からさえも学ぶことができる」と言いました。 世界にどれほど素晴らしい真理や芸術が溢れていても、私たち自身に「見ようとする意識」や「問いを持つ関心」がなければ、それらは存在しないも同然です。道端に咲く一輪の花に美しさを感じる心、その生命の神秘にまで想いを馳せる探求心。この「意識のアンテナ」の広さと深さこそが、その人の「人格」を形成していきます。
これは、人間関係や日々の対話においても全く同じです。 まずは相手に関心を持つこと。観察する意識を持てば、どんな相手にも興味が湧き、良好な対話の接点が見つかるはずです。苦手な相手であっても、必ず自分を成長させてくれる「師」としての側面を持っています。
「万象は真理の顕現である」ーー 今日、あなたの目の前にある景色や出会う人々は、あなたにどのような教えを授けてくれていますか?
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