【概念思考】 今日のテーマ:存在 

【定義や成り立ち】 

定義: 事物や人間が、時間と空間の特定の座標において、厳然として「ある」こと。顕界(目に見えるこの世界)のあらゆる万物・万象が、あるがままに、あるべき姿でそこに位置していること。 

成り立ち: 

存: 生まれたばかりの小さな命(子)を、覆いの中に大切に囲い込み、傷つかないように「無事にとどめておく」様子。そこから「生きながらえる、たもつ、ある」という意味が生まれました。 

在: 大地(土)に、神聖な境界を示す標識(才)を深く突き刺して固定した様子。まやかしではなく、「確かにそこに留まり、生存する」という確固たる実存を象徴しています。 

二字が合わさることで、「天から授かった儚き命(存)を、現実の揺るぎない大地(在)のうえに、深い慈愛の意志をもって繋ぎ留め、生かしている状態」を表現しています。 

【私の概念】 

空(くう) 

思い 

虚(きょ) 

【考察】 

存在の本質は、目に見える肉体や物質の固執(執着)ではありません。それは、物質的な境界を越えた広大な「空・虚」でありながら、同時にすべての現実を紡ぎ出す「強烈な一念(思い)」そのものです。 

1. 物質の「無」と、アイデンティティの所在 私たちが「これこそが自分だ」と信じ込んでいる物質としての肉体は、極めて曖昧で流動的な存在です。 37兆個の細胞が宿り、毎日4000億個もの細胞が音もなく入れ替わっている動的な肉体において、どこを探しても固定された「私」という物質は見当たりません。ミクロの極限である量子の世界を覗けば、私たちの身体はスカスカの「虚(空間)」であり、そこには確率という名の「無」が広がっているに過ぎません。肉体を超えた無数の量子が、今この瞬間も何にも触れずにこの体を透過しています。物質としての私たちは、本質的に「空」なのです。 

2. 存在を定義する「思い」という唯一の背骨 では、何がこの流動する細胞の集まりを「自分」たらしめているのでしょうか。それは、肉体という器に宿る「意識」であり、潜在意識の奥底から湧き上がる「思い(一念)」に他なりません。 目に見えない「思いの軸」こそが、時間と空間の切り結んだ宇宙の一点に、あなたという存在を厳然と定義している本当のコア(核)です。肉体が空であり、無であるからこそ、そこに宿る「思い」の純度が、存在の輝きを決定づけるのです。 

3. 「あるようにある」世界への万事感謝 実践倫理において、このありのままの存在の美しさを「明朗」と呼び、玉のごとく浄く、晴れ渡った大空のようであると説きます。宇宙のあらゆる万物・万象は、ただ「あるようにあり、あるとおりにある」のです。 この大いなる存在の理(ことわり)は、人間のちっぽけな自我(エゴ)や損得勘定でコントロールできるものではありません。「生かされている」という圧倒的な奇跡を前にしたとき、人間はただ、その事実を素直に受容し、降る雪のように流れに身を委ねる(流るるがごとく)しかありません。自分で何とかしようとする傲慢さを捨て、ただ「今、ここに生かされていること」に万事感謝する。その謙虚な境地に達したとき、あなたの心には、特別変わった心境ではない日常そのものが悟りであるという、至高の「正常心」が完成します。