生産性向上とは「もっと働くこと」ではない
― 人を忙しくするのではなく、価値を生み出す時間を増やす ―
「生産性を上げよう。」
製造業では、日常的によく使われる言葉です。経営会議でも、工場でも、人手不足への対応策としても、「生産性向上」は重要なテーマになっています。
しかし、この言葉が現場へ伝わった瞬間、「もっと早く作れということですか」「人数を減らすということですか」「今でも忙しいのに、さらに仕事を増やすのですか」と受け取られてしまうことがあります。
私は、この認識のずれが、生産性向上を難しくしている大きな理由の一つだと思っています。
生産性向上とは、人にもっと頑張ってもらうことではありません。
今いる人、今ある設備、今ある時間をより有効に使い、同じ経営資源から、より大きな価値を生み出せる仕事の仕組みに変えていくことです。つまり、生産性向上の主役は「人の頑張り」ではなく、仕事のやり方そのものを変えることなのです。
「忙しい」と「生産性が高い」は同じではない
工場を歩いていると、全員が忙しく働いている職場があります。作業者は動き回り、フォークリフトは行き交い、設備も休みなく動いている。残業も多く、皆さん一生懸命です。
一見すると、とても生産性の高い工場に見えます。しかし、本当にそうでしょうか。
材料を取りに何度も歩いている。必要な工具を探している。次工程から部品が届くのを待っている。設備トラブルのたびに手直しをしている。同じ内容を紙に書き、さらにパソコンへ入力している。
人は確かに動いています。しかし、その時間のすべてがお客様にとっての価値を生み出しているわけではありません。
むしろ怖いのは、人が一生懸命働くことで、こうしたムダが見えなくなってしまうことです。「忙しいから人が足りない」と考える前に、その忙しさの中身が、本当に付加価値を生み出している仕事なのかを見る必要があります。
生産性とは「成果」と「投入」の関係
生産性を最もシンプルに考えれば、「成果÷投入」です。
例えば、10人で1日に100個作っていた製品を、同じ10人で120個作れるようになれば、生産性は向上しています。しかし、生産性向上は単に生産数量を増やすことだけではありません。
100個を作るために10人必要だった工程を、改善によって8人で同じ100個を作れるようになれば、それも生産性向上です。そこで生まれた余力を、別工程の応援や教育、設備保全、改善活動、新製品の立ち上げなどへ振り向けることができます。
さらに経営の視点で考えれば、「何個作ったか」だけでは不十分です。同じ人数、同じ設備を使って、より付加価値の高い製品を生み出せるようになることも生産性向上です。
つまり重要なのは、限られた人・時間・設備から、どれだけの価値を生み出せたかということです。
「人が足りない」の前に、仕事を見る
製造業の経営者から、「人が採れない」「現場の人数が足りない」という話を聞くことが増えました。もちろん、本当に人員不足の会社もあります。
しかし私は、人手不足の相談を受けた時ほど、まず現場を見るようにしています。
本当に人が足りないのか。それとも、今いる人の時間が十分に価値創出へ使われていないのか。この二つを分けて考える必要があるからです。
例えば、作業者が材料を取りに行くために1回3分使い、それを1日10回繰り返しているとすれば、1人で30分です。10人なら1日5時間になります。一つひとつは「たった3分」でも、毎日繰り返されれば年間では大きな時間になります。
工具を探す時間、情報を確認する時間、部品を運ぶ時間、設備を待つ時間、手直しをする時間。こうした小さなロスを積み上げてみると、「人が足りない」と思っていた問題の一部が、実は人の時間の使い方の問題だったということも少なくありません。
だから、人を採用する前に「あと何人必要なのか」と考えるだけでなく、まず「今いる人の時間は何に使われているのか」を見ることが大切です。
改善によって生まれた時間を、どう使うのか
改善によって作業時間を短縮すると、現場から「効率化したら人を減らされるのではないか」という不安の声が出ることがあります。
この不安を残したままでは、現場から積極的な改善案は出てきません。自分の仕事を効率化することが、自分自身の雇用を危うくすると感じるからです。
だから私は、生産性向上によって生まれた時間を、単なる「削減時間」ではなく、新しく生まれた経営資源として考えることが重要だと思っています。
その時間を、人材育成や多能工化、設備の自主保全、改善活動、新製品の立ち上げなどに使うことができます。恒常的な残業を減らすことにもつながります。
特に、これから人手不足がさらに進むのであれば、人がやらなくてもよい仕事から人を解放し、より付加価値の高い仕事へ移していくことが重要になります。
つまり、省人化と人減らしは同じではありません。
私は、生産性向上とは人から仕事を奪う活動ではなく、人に時間を返す活動でもあると考えています。
自動化する前に、仕事そのものを見直す
生産性向上というと、すぐに自動化やDXという言葉が出てきます。もちろん、ロボットやAI、管理システムなどは非常に有効な手段です。
しかし、現在の仕事にムダが多いまま自動化すると、ムダそのものを自動化してしまうことがあります。
例えば、人が長い距離を部品搬送しているからといって、すぐに搬送ロボットを導入するのではなく、そもそも工程の配置を近づけられないかを考える。同じ情報を何度も入力しているのであれば、システム化する前に、その入力自体が本当に必要なのかを考える。
私は、設備投資やDXの前に、まず仕事そのものを見直し、なくせる仕事はなくし、減らせる仕事は減らし、複雑な仕事は簡単にすることが大切だと思っています。その上で、人がやるよりも機械やシステムに任せた方がよい部分を自動化する。
この順番を間違えないことが、生産性向上への投資を価値あるものにするためには重要です。
生産性向上を製造現場だけの責任にしない
もう一つ大切なのは、生産性向上を製造部門だけの仕事にしないことです。
現場が段取り時間を短縮しても、営業から特急注文が頻繁に入れば、生産計画は乱れます。製造工程を改善しても、材料が予定通り入らなければ設備は止まります。設計変更の情報が遅れて伝われば、手直しや作り直しが発生します。
製造業では、営業、設計、購買、生産管理、製造、品質、物流など、多くの部門がつながって一つの製品をお客様へ届けています。
したがって、生産性も一つの工程、一つの部門だけを見るのではなく、会社全体の流れとして考える必要があります。
ある工程だけを速くしても、その先に仕掛品が山積みになれば、会社全体としては良くなっていません。重要なのは、一人ひとりがどれだけ忙しく働いているかではなく、材料と情報がどれだけスムーズに流れ、お客様まで価値を届けられているかという視点です。
生産性向上の「その先」を考える
そして、経営者にはもう一つ考えてほしいことがあります。
それは、**「生産性を上げて、その先に何を実現したいのか」**ということです。
単に「生産性10%向上」という数字だけを掲げると、活動そのものが目的になってしまいます。
しかし、生産性を上げることで残業を減らしたい、新しい仕事を受けられるようにしたい、教育の時間を確保したい、新製品を開発したい、利益を増やして設備や賃金へ還元したい、という「その先」があれば、生産性向上の意味は大きく変わります。
ここまで考えると、生産性向上は単なる効率化ではありません。
会社の未来をつくるために、限られた経営資源をどう使うかという経営戦略になります。
本当の生産性向上とは
私は、生産性向上を**「もっと頑張ること」ではなく、「もっと良い仕事の仕方を考えること」**だと捉えています。
人を急がせたり、残業を増やしたり、設備を限界まで動かしたりすることではありません。日々の仕事の中から、探す、待つ、運ぶ、手直しするといった価値を生まない時間を見つけ、少しずつ減らしていく。そして、そこで生まれた時間を改善や教育、設備保全、技術開発、新製品、人材育成など、会社の将来につながる仕事へ振り向けていく。
これから製造業では、人手不足がさらに大きな経営課題になるでしょう。だからこそ、「今いる人に、もっと働いてもらう」という発想ではなく、今いる人が、もっと価値のある仕事に時間を使える会社をつくるという発想へ変えていく必要があります。
人を忙しくすることが、生産性向上ではありません。
人の時間を、価値を生み出す時間へ変えていく。
それこそが、これからの製造業に求められる本当の生産性向上ではないでしょうか。



