【概念思考|災難】

「災難」とは、思いがけず身に降りかかってくる不幸な出来事や、わざわいを意味します。

「災」という字は、「巛」と「火」から成り立っています。古代の人々にとって大きな脅威であった水害と火災を表し、そこから「わざわい」という意味を持つようになりました。

一方の「難」は、「堇」と「隹」から成り、苦しさやつらさを表すところから、「困難」「むずかしい」といった意味へと広がったとされています。

この二つを合わせた「災難」という言葉には、自分では避けることのできない苦難が突然降りかかるという意味が込められているように思います。

私は「災難」を概念化すると、

「生き方」
「成長機会」
「感謝」

の三つで捉えています。

災難という言葉を聞くと、どうしても悪いことを想像します。

しかし、少し視点や視座を変えると、その意味は大きく変わってくるように思います。

例えば、会社が倒産した、職を失った、大きな失敗をした。

その瞬間は、本人にとって非常につらく、受け入れ難い出来事です。

しかし、その出来事をきっかけに人生の方向を変え、学び直しを始めたり、資格を取得したり、新しい業界へ挑戦した結果、それまでとは違う道で成功したという話は珍しくありません。

振り返ったときに、

「あの出来事があったから、今の自分がある」

と思えるようになる。

私は、ここに「生き方」が表れるのだと思います。

災難そのものを選ぶことはできません。

しかし、その災難をどのように受け止め、その後どのように行動するかは、自分で選ぶことができます。

「なぜ、自分だけがこんな目に遭うのか」

と立ち止まり続けるのか。

それとも、

「この状況から、自分は何を学べるのか」

と考えるのか。

同じ出来事でも、その後の人生は大きく変わります。

私は、災難を乗り越えることのできる人は、災難が起きてから急に強くなるのではないと思っています。

普段から学び続ける。
経験を積む。
人との縁を大切にする。
いざというときに備える。
自分自身を振り返る。

こうした日々の積み重ねが、いざ災難に直面したときの力になります。

順風満帆なときほど、その準備が大切です。

何も問題が起きていないときに学びを止めてしまうのか。

それとも、いつ環境が変わっても対応できるように、自分自身を磨き続けるのか。

この違いが、災難に遭ったときの対応力につながります。

そして、もう一つ必要になるのが精神的な強さです。

災難に直面したとき、誰でも動揺します。

しかし、そのときになって急に心を強くしようと思っても、簡単にできるものではありません。

日々の「修養」や「鍛錬」によって、自分の感情を整え、物事を冷静に見る力を少しずつ身につけていく。

私は、こうした積み重ねによって初めて、逆境でも大きくぶれない自分をつくることができるのだと思います。

そう考えると、災難は「成長機会」に変わります。

大きな目的を持って何かに挑戦すれば、すべてが思い通りに進むことはありません。

失敗もある。
裏切られることもある。
思いがけない障害が現れることもある。

しかし、その一つひとつを乗り越えることで、人は強くなります。

災難に遭うたびに、

「自分には何が足りなかったのか」
「次に同じことが起きたらどうするのか」
「何を学ぶ必要があるのか」

と考える。

そうすることで、災難は単なる不幸ではなく、次の段階へ進むための力を蓄える期間になります。

そして私は、最終的には災難に対してさえ「感謝」できるような人間でありたいと思っています。

もちろん、災難の最中に感謝することは簡単ではありません。

苦しいものは苦しい。
悲しいものは悲しい。

それを無理に否定する必要はありません。

しかし、時間が経ったときに、

「あの経験が自分を強くしてくれた」
「あの失敗があったから、新しい道を見つけられた」
「あの苦境が、自分の弱さを教えてくれた」

と思うことができれば、その災難の意味は変わります。

災難を避け続ける人生ではなく、災難が来ても乗り越えられる自分をつくる。

私は、その方が現実的であり、強い生き方だと思っています。

災難への向き合い方に「生き方」が表れる。

災難を「成長機会」に変える。

そして、いつかその経験に「感謝」できるところまで自分を高める。

災難とは、人生を壊すものにもなれば、人生を大きく変える起点にもなります。

その違いを生むのは、災難そのものではなく、それに向き合う自分自身の考え方と行動なのではないでしょうか。