【概念思考】承認

「誰かが褒めてくれるという欲求で行動を決めているうちは、自分の人生を自分のものにできない」

他者から認められ、自分の能力やスキルが証明されることは、一見すると心地よく、モチベーションを高める原動力のように思えます。しかし、そこから得られる満足感は、他人の評価という極めて不安定な「他力」に依存した、状況次第で崩れ去る淡い形のものにすぎません。他者の目を意識した生き方を捨て、自らの価値観という絶対的な軸に従って生きる時、人生は本当の意味で好転し始めます。

「承認」という言葉の成り立ちを見つめ直すと、他者との関係性における非対称性と、その背後に潜む制約の本質が見えてきます。

漢字の起源からみる「承認」

「承」:ひざまずく人を両手で下から恭しく抱え持つ姿を表した会意文字。目上の者からの命令や意思をそのまま受け継ぎ、引き受ける姿勢を意味します。

「認」:自分の意思を表明する「言」に、鋭い刃物を表す「刃(音符・ニン)」の組み合わせ。事態や状況を言葉によって明確に腑に落とし、受け入れることを意味します。

つまり「承認」とは、もともと「上からのものを受け入れ、従う(承)」というニュアンスを含んでおり、見方を変えれば、評価する側とされる側の間に無意識の上下関係を発生させる仕組みでもあります。文字の成り立ちが示す通り、それは他者の枠組みの中に自らを当てはめ、許しを乞うような依存的な危うさを孕んでいるのです。

「承認」を捉える私の概念としては、以下の3点です。

努力

モチベーション

他力

【コラム:評価の奴隷から脱却するーー承認欲求を捨て去った「絶対的自立」が手繰り寄せる成功】

ビジネスの現場や様々な組織において、手段を目的化させた我利我利(がりがり)の迷走が起きる背景には、この「承認欲求」が深く関わっています。自らの価値観ではなく、他者からどう見られるか、上司や組織のKPIをどう達成して評価(承認)されるかばかりに関心が向かうと、判断の軸は容易にブレ、やがては保身や仕組みの私物化という破滅の道へ至ります。

承認を盾にした服従や、他人の評価に一喜一憂する生き方からは、本当の幸せも永続的な成功も生まれません。

成功を掴み取り、人生を真に豊かにしたいのであれば、他者に媚びるための「偽善」や承認欲求を完全に捨て去る「勇気」が必要です。誰かに褒められるために行動するのではなく、自分が掲げた企業理念やミッションという絶対的な北極星に従い、自らの「意思」で一歩を踏み出す(挑戦する)こと。

承認欲求という呪縛から自己を解放した瞬間、人間の中心軸は微動だにしない強固なものへと定まります。

周囲の目を気にする「他力」の生き方を脱し、私心を捨てて「他者のため、社会のため」に何ができるかをトコトン考え抜いて即行する。誰が見ていずとも規律を守り、黙々と実践を繰り返す「陰徳」の積み重ねこそが、他人の評価に左右されない本物の「見識」を磨き上げます。そのような他者に依存しない圧倒的な「自立心」と「人間力の高さ」を備えたリーダーの元にこそ、周囲の人々は自然と引き寄せられ、切磋琢磨し合える本物の良縁(因縁)が結ばれるのです。

他者からの承認を求めるのをやめ、宇宙の原理原則に身を委ね、ただ自らの正しい道を邁進すること。結果としての評価や富は、執着を手放した瞬間に、必ず後から必然として付いてくるものです。