【概念思考】運気
「運気は、運の移ろいのようなものである。しかし、運気は与えられるものではなく、創り出し、呼び寄せるものである」
何かを成し遂げようとトコトン考え抜き、努力を重ねるとき、私たちは思いもよらないサポートや資金援助、人との繋がりといった幸運に巡り合います。それは棚ぼた式の偶然ではなく、利他と感謝の精神を根底に置いた日々の実践がもたらす必然です。すべての出会いや事象は、自らの言動が呼び寄せた鏡にほかなりません。
「運気」という言葉の語源を紐解くと、目に見えないエネルギーを自らの足で動かしていくダイナミズムが見えてきます。
漢字の起源からみる「運気」
「運」:道を行く足どりを表す「辵(しんにょう)」に、めぐる・はこぶを意味する「軍」の組み合わせ。自らの足で歩みを進め、物事を巡らせ、運んでいく動的な様子を意味します。
「気(氣)」:雲や蒸気が立ち昇る様子を象った「气」に、生命力の源である「米」の組み合わせ。米を蒸したときに立ち昇る、目に見えない強い湯気やエネルギーを象徴しています。
つまり「運気」とは、じっと待っていれば自然と流れてくる性質のものではなく、内なる生命エネルギー(気)を、自らの意志と行動(運)によって能動的に巡らせ、力強く運んでいくプロセスそのものを指しているのです。
「運気」を捉える私の概念としては、以下の3点です。
意識
利他と感謝
呼び込む
【コラム:我利我利が招く悪縁の磁力ーー運気はあなたの「生き方の通信簿」である】
世の中には、良縁や幸運をただ羨み、神頼みのように待ち続ける人がいます。しかし、人生に現れるすべての事象は、自分自身の「意識」と行動が発する磁力によって、自ら呼び込んでいるものです。
その最たる証拠に、自分さえ良ければいいという「我利我利(がりがり)」の精神で生きている者の元には、不思議なほどそれに相応しい悪縁やトラブルがまとわりつきます。他人の足を引っ張り、陰口を叩くような歪んだ生き方をしていれば、周囲の運気もまた濁り、衰退の道へ向かうのは自明の理です。自分の発したエネルギーがそのまま自分に返ってくるという「因果の法則」があるにもかかわらず、なぜ利己的な思考から抜け出せない者がいるのか、不思議でなりません。
真に高い運気を創り出す人は、他者の幸福を願う「利他の精神」を持ち、どんな境遇に置かれても「感謝」を忘れない強い心を持っています。
誰に誇示するでもなく、社会や他者のために陰徳を積み、受けた恩を次の世代へと繋ぐ「恩送り」を愚直に継続する。この利他と感謝に満ちた善き思いが、内なるエネルギー(気)を純化させ、素晴らしい運気の流れを生み出すのです。
自らの生き方が善き思いで満たされていれば、その高潔な波動に同調する素晴らしい人々との出会いが自然と生まれ、人生は加速度的に好転し始めます。運気とは、環境のせいにするための言い訳ではなく、現在の自分のあり方を如実に映し出す「鏡」にほかなりません。
良縁を追い求めるのをやめ、良縁が向こうから引き寄せられてしまうような、圧倒的に善き生き方を目指すこと。
「運は自ら運ぶものである」ーー 今日、あなたは自らの歩みによって、どのようなエネルギーを周囲に巡らせますか?


