【概念思考】完璧主義

「完璧主義は、如何なる分野においても成功のために重要な考え方であり、目指すべき目標である」

理想的な成果や非の打ちどころがない状態を目指す強い意志がなければ、到底高い目標に近づくことはできません。その背景には、自らの欲を満たすためではない、責任や使命といった利他の精神が必要です。しかし同時に、完璧主義への固執は手段を目的化させ、ものごとの本質を見誤るリスクも孕んでいます。

「完璧」という言葉の語源を紐解くと、私たちが守り抜き、全うすべき本質が見えてきます。

漢字の起源からみる「完璧」

「完」:家や霊廟を表す「宀(うかんむり)」に、全体を表す「元」の組み合わせ。崩れのないしっかりした建物を表し、欠けたところがなく完全に守られている様子、あるいは「まっとうする」という意味を持ちます。

「璧」:中央に穴が開いた平らな宝玉(玉器)を指す文字。

秦の王に差し出した貴重な宝玉(璧)を、趙の使者・藺相如が傷つけず無事に持ち帰ったという故事「璧を全うして帰る」が由来です。つまり「完璧」とは、自らに課された神聖な使命や預かった価値あるものを、いかなる困難や圧力を前にしても、傷一つつけずに守り抜くという強固な意志を意味しているのです。

「完璧主義」を捉える私の概念としては、以下の3点です。

目標

妥協

改善

【コラム:固執を捨てて「仕組み」へ昇華させるーー完璧主義の真の価値は継続的な改善にある】

完璧主義とは、ビジネスやあらゆる分野において卓越した成果を残すための強力なエンジンです。どのような状況においても目標へ到達させるという強い意志の源泉は、「他者のため、社会のため」という大義にあります。私利私欲に基づく浅はかな目標であれば、壁にぶつかった瞬間にその意志は途切れてしまいます。

しかし、ここで私たちが注意しなければならないのは、完璧主義への過度な固執です。 なぜ完璧を目指すのかという本質を見失うと、目標を達成するための「完璧な手段」そのものが目的化してしまいます。どれほど高い志を持ってトコトン完璧を目指したとしても、結果として未達成に終わることはあります。その際、いつまでも未達成の事実に固執して立ち止まったり、逆に早々に諦めて妥協を重ねたりすることは、どちらも組織や個人の衰退を許容することに等しいと言えます。

真の完璧主義者とは、結果が未達であったとき、それを「次への学び」へと即座に切り替えられる人です。 何が足りなかったのかを真摯に反省し、徹底的に解析し、属人化させずに「仕組み化」して再度チャレンジする。この「どうしたら完璧になるか」を繰り返す終わりのない「改善」のプロセスこそが、人間と組織を真の成長へと導くのです。

完璧という至高の宝石を目指し続けながら、その道程で自らを絶えず磨き上げる。