【概念思考】心即太陽

「希望は心の太陽である。つごうがよいから希望をもつのではない。一生に二度と出くわすことの出来ぬ仕事だから希望を持つのである」

うまく行かないから望みを失うのではありません。望みを失うからこそ、自ら崩れていってしまうのです。太陽の光と熱が無限であるように、私たちの心に宿る希望の灯火もまた、いくら灯しても尽きることはありません。

「希望」という言葉の語源を深く見つめ直すと、未来を手繰り寄せようとする人間の強い意志が見えてきます。

漢字の起源からみる「希望」

「希」:織物の細かな糸の目を表す「爻(こう)」に、布を意味する「巾」の組み合わせ。めったにない貴重な布の様子から、転じて「めったにない」「まれに願う」という意味になりました。

「望」:人がつま先立ちをして目を大きく見開き、遠くの満月を待ちわびる姿(亡+壬+月)を描いた文字。背伸びをしてでも遠くの光を「のぞむ」「待ち遠しく思う」様子を表します。

つまり「希望」とは、今はまだ目に見えない稀少な光(希)を、自らの意志で背伸びをし、視線を高く上げて待ち望む(望)という、能動的で力強い心の跳躍を意味しているのです。

「心即太陽(希望)」を捉える私の概念としては、以下の3点です。

気持ちの持ち方

感謝

人間力

【コラム:暗闇に太陽を灯す「即行と反省」ーー最強の人間力を育む心の構え】

どのような苦境にあろうとも、嵐が吹き荒れる日であっても、希望だけは決して捨てずに石に齧りついてでも生き抜く。その希望が、純粋で一切の迷いのないものであれば、それは人生を切り拓く最強の「人間力」となります。

では、誰もが憧れるこの振れない強さは、いかにして身に付くのでしょうか。

その始まりは、他でもない「自らの意志でそうあろうと決めること」からしか生まれません。 絶体絶命の逆境にあるとき、不満や愚痴を吐き出したくなるのは人間の弱さです。しかし、そこであえて愚痴を抑え、笑顔を作る。そして、自らを成長させてくれるその過酷な境遇にさえも、素直に「感謝」を捧げる。この心の転換こそが、暗闇の中に一筋の光明を見出す引き金となります。

光明を見出したら、次に行うべきは「思考と実践の徹底的な反復」です。 どうすれば打破できるかをトコトン考え抜き、即座に行動(即行)に移す。そして得られた結果を真摯に反省し、もう一度考えて次の実践へと繋げる。この愚直なまでのプロセスを繰り返すことで、どれほど深い暗闇からでも必ず出口が見えてきます。この逆境の克服体験こそが、何事にも動じない強い人間力を育み、他者の痛みがわかる真の優しさを育てるのです。

ただし、本当に試されるのは「光が差したその後」です。 苦境を脱し、物事が順調に回り始めた途端に初心を忘れ、傲慢な人間に変わってしまうようでは、再び奈落の暗闇へと突き落とされることになります。受けた恩と、苦難のなかで掴んだ決意を、生涯忘れないこと。

うまくいくから希望を持つのではない。希望を灯し続けるからこそ、道は拓ける。