【概念思考】 今日のテーマ:働く 

【定義や成り立ち】 

定義: 人が身体や精神を能動的に活動させ、他者や社会に対して具体的な作用・機能をもたらすこと。単なる物理的な移動(動作)ではなく、自らの「意志(一念)」を乗せて価値を創造し、宇宙の生命循環に寄与する神聖な行為。 

成り立ち: 

人(亻): 互いに支え合い、二本足で大地に直立する人間の象形。 

動: 重い袋を力強く持ち上げて移動させる様子から、エネルギーを集中させて活動することを意味します。 

単なる物質の移動や動物の動きと区別するために、日本人は「動」の前に「人」を明記しました。すなわち、「人間としての高い志と倫理規範(人)を背骨に据えたうえで、持てる生命力を社会のために力強く躍動させる(動)」という、極めて誇り高く能動的な実存の規律を表現しています。 

【私の概念】 

生きること 

精進 

社会 

【考察】 

働くことの本質は、生存のための奴隷的な苦役(労働)でも、ましてや私利私欲を満たすための単なるマネーゲームでもありません。それは、他者や社会との強烈な摩擦(繋がり)を通じて、天から預かった魂を極限まで輝かせるための「至高の精進」です。 

1. 魂の研磨としての「生きること」 「人は何のために生きるか」という問いの答えは、生まれたときに授かった高貴な至宝である「心(魂)」を、一生かけて磨き上げ、少しでも真っ当な状態にして天へとお返しすることにあります。 そして、その魂のやすりとなるのが、日々の「働く」という行為に他なりません。どれほど高度な知識(見識)を持っていても、安全な書斎で思索に耽っているだけでは、魂の原石は1ミリも磨かれません。現実の泥臭い現場に身を投じ、額に汗して立ち働くプロセスの中で、私たちは良いことも悪いことも含めて、本物の学び(気づき)を血肉化していくことができるのです。働くことと、生きることは、完全に同義なのです。 

2. 虚業を排し、逆境を越える「胆識」の錬金術 現代の世潮において、汗もかかず、他者への貢献も伴わない「無就労の稼ぎ(不労所得や投機)」が持て囃される風潮がありますが、それは人間の本質的な「働き」には一切値しません。なぜなら、そこには魂を磨くための「自己犠牲」も「利他の精神」も存在しないからです。 真の働きとは、常に他者のため、社会のために自らのエネルギーを差し出す陰徳の積み重ねです。その道程では、必ず自分の思い通りにならない「苦難(逆境)」に直面します。しかし、その藻掻き苦しむ季節こそが、頭の理解(見識)を腹の底の「胆識(不動の能力)」へと昇華させる唯一の好転の前兆です。苦難を素直に受容し、必死に乗り越えた人間だからこそ、他者の痛みを我が事として共感できる本物の暖かさ(人間力)が完成するのです。 

3. 金銭の多寡を超越する「最高無限の美しさ」 働く価値、そして人間の価値は、手にした金銭の多寡や社会的地位とは1ミリも関係がありません。どれほど巨万の富を築いていても、それが自利(エゴ)にまみれた結果であれば、その存在に美しさはありません。 逆に、どのような境遇にあろうとも、あるいは障害や病を抱えていようとも、「誰かのために、社会のために」と一所懸命に道端のゴミを拾うその背中には、宇宙の原理原則(道理)に合致した、最高無限の美しさと喜びが伴います。各自が自らの持ち場で「働かせていただく」という深い感謝を胸に、自らの自性(本来の性質)を100%解放して尽力すること。誰が見ていなくとも「お天道さまが見ている」という絶対的な善を貫くこと。その一所懸命な背中こそが、真の在り方の証明なのです。