【概念思考】 今日のテーマ:苦難 

【定義や成り立ち】 

定義: 苦しみと難儀。身にふりかかる苦しい災わい。しかしその本質は、人間が宇宙の原理原則(道理)から外れそうになったときに危険を知らせるシグナルであり、物事が好転する直前に訪れる「幸福への門」。 

成り立ち: 

苦: 植物を表す「艹(くさかんむり)」と、古い・苦いという意味を持つ「古」から成る。もともとは口に含むと強烈な苦味を放つ野草「ニガナ(苦菜)」の象形であり、思わず顔をしかめるような「耐え難い感覚」を象徴しています。 

難: 泥土に足をとられた鳥の姿(𦰩)と、尾の短い鳥(隹)から成る。本来は、翼を焼かれ、毛をむしられて飛ぶ自由を奪われながらも、必死にその苦境を生き延びようとする鳥の姿を象徴しています。 

二字が合わさることで、「自由を奪われ、身を引き裂かれるような過酷な状況(難)の中で、顔をしかめるほどの苦渋(苦)をなめ尽くしている状態」を表現しています。 

【私の概念】 

成長機会 

胆識 

好転の前兆 

【考察】 

苦難の本質は、人間を絶望させるための罰(絶対悪)ではありません。それは、順風満帆のときには決して磨くことのできない魂の原石を激しく削り、最高度の人間性を引き出すための「最大の恩寵(ギフト)」です。 

1. 「ストップの号令」としての現況肯定 人生のバイオリズムが波のように変動するのは自然の摂理です。私たちは往々にして、順調な時(順風)には自らの力で成功していると傲慢(自我)になり、その結果、知らず知らずのうちに破滅への種を蒔いてしまいます。苦難とは、その暴走する小我に対して宇宙が「これ以上進んではならない」と慈愛のむちを振るうストップの号令なのです。これを「災難」と捉えて他責の「怒」に逃げるか、「好転の前兆」と捉えて現況を肯定するかで、その後の人間の器量は決定的に分かれます。 

2. 知識・見識を「胆識」へと鍛え上げる錬金術 あなたが看破された「見識が苦難を乗り越えることで胆識となる」という視座は、修養を重ねてきた人間だけが到達できる絶対的な真理です。 安全な平時において、本を読み、言葉を連ねて得られる能力は、どこまで行っても「知識」や「見識(頭の理解)」にとどまります。それらは平時には立派に見えますが、ひとたび想定外の激震(非常時)が起きれば、恐怖と動揺の前にいとも簡単に吹き飛んでしまいます。 毛をむしられ、翼を焼かれるような過酷な苦難の渦中にあって、なお「お天道さまが見ている」という絶対的な善を信じ、必死に学び、泥をすすりながら自分の足で乗り越える。その壮絶な経験の炎をくぐり抜けて初めて、見識は腹の底の「胆識(不動の能力)」へと昇華します。苦難を経験した者だけが、無理に強がることのない真の正常心(自然体)を手に入れることができるのです。 

3. 他者の痛みを我が事とする「人間力の完成」 順風のときに「謙虚に感謝を忘れない」ことは、その調和を長く保つために不可欠な規律です。しかし、人間が本当の意味で他者や社会に優しくなり、その痛みに共感(愛和)できるようになるのは、自らが苦難に喘ぎ、絶望の深淵を覗き込んだときだけです。 自らの未熟さや準備不足によって生じた苦難に直面し、それを猛烈な内省(自らへの憤り)の糧とすること。そして、「この苦しみを知ったからこそ、私は同じように苦しむ人々の盾(利他)になれる」と深く感謝すること。この徹底的な受容の姿勢があるからこそ、苦難の門は、その先にある想像を絶する大いなる繁栄(良縁)へと流るるがごとく繋がっていくのです。