【製造業の経営】#09:続・エンゲージメント 

エンゲージメントの背景 

「エンゲージメント」という言葉が学術界に初めて登場したのは1990年です。ボストン大学の心理学者ウィリアム・カーン(William A. Kahn)教授が発表した論文がその起源とされています。 

カーンは、従業員が仕事の役割を果たす際に、「身体的、認知的、情緒的」に自分の「全人的自己(full self)」をどれだけ投入しているかの度合いを「パーソナル・エンゲージメント」と呼びました。 

2000年代に入ると、それまでの「従業員満足度(ES)」の限界(居心地が良いだけで、必ずしも生産性やパフォーマンスに結びつかない点)が指摘されるようになります。ここで、エンゲージメントを「ビジネス成果と相関する科学的指標」として測定するアプローチが、実務界と学術界の双方から同時に誕生しました。 

米国の世論調査・コンサルティング会社ギャラップ(Gallup)社は、数十万に及ぶ高業績のビジネスユニットやチームを分析し、共通する「12の職場環境要件」を抽出しました。 
これが、現在も世界中で用いられている従業員エンゲージメントサーベイ「Q12®」です。

オランダ・ユトレヒト大学のウィルマー・B・シャウフェリ(Wilmar B. Schaufeli)教授らは、バーンアウト(燃え尽き)の完全な対極として、仕事におけるポジティブで充実した心理状態である「ワークエンゲージメント」を定義しました。 
彼らは、この状態を仕事に対する「活力(Vigor)」「熱意(Dedication)」「没頭(Absorption)」の3つの下位尺度に分解しました。 

近年では、経営戦略のパラダイムシフトに伴い、エンゲージメント指標はさらにその存在価値を増しています。 

  • パルスサーベイとAIの導入  
  • 人的資本経営と国策化 

従来の日本式経営と何が違う? 

従来の日本式経営(終身雇用・年功序列)における「忠誠心」や「帰属意識」と、現代の「従業員エンゲージメント」は、会社への定着(離職防止)を促すという点では似ているように見えますが、その本質や従業員の心理的機序においては「全く異なる概念」です。 

エンゲージメントと従来の忠誠心の比較 

比較軸 従来の忠誠心(ロイヤリティ・帰属意識) 現代のエンゲージメント 
関係性の方向 一方向(従業員から企業へ) 双方向(企業と従業員の相思相愛) 
関係性の質 主従関係(会社が上で従業員が従う) 対等なパートナーシップ(対等な信頼関係) 
行動の質 受動的(指示されたことを忠実にこなす) 自発的・主主体(創意工夫や能動的な貢献) 
雇用の前提 終身雇用・年功序列(定年までの身分保証) 雇用の流動化・人的資本経営(自律的な定着) 
成果への直結 「長年ただ在籍する」だけで、高生産性とは限らない 日々の「活力・熱意・没頭」が業績に直結する 
心理的要因 愛社精神の強要、義務感、自己犠牲(滅私奉公) 基本心理的欲求(自律性・有能感)の充足 

エンゲージメントを向上? 

第8回でも簡単に触れましたが、ここではエンゲージメントを向上させる対策についてもう少し詳しく展開していきたいと思います。 

  • コミュニケーションと承認の仕組み
     従業員が「この職場は安全であり、自分という存在や意見が尊重されている」と認識できる(心理的安全性の確保)と、エンゲージメントは飛躍的に高まります。 
  • 1on1(定期面談)
      定期的な1on1を導入した組織は、エンゲージメント改善率が平均22%向上するというデータもあります。
  • 「小さな称賛と感謝」の仕組み化(メッセージカード・ピアボーナス)
      週に1回以上の承認や称賛を受けている従業員は、そうでない従業員に比べて2.7倍エンゲージメントが高くなることが実証されています。 
  • 部門横断での多角的なコミュニケーション機会の提供
  • キャリア開発と動機付け
     従業員が「この仕事を通じて成長できている」「自分で仕事の進め方を選択できている」と実感できる(自己決定理論における基本欲求の充足)ことが、内発的モチベーションの鍵です。 
  • キャリアロードマップの可視化と共有
     製造業A社では、キャリアロードマップを全社員に配布し、5年後の成長イメージを共有したことで、3年間で離職率が半減しました。 
  • 自発的な学習機会の提供と「社内勉強会」の支援 
  • オンボーディングと「社内メンター制度」の構築
     メンター制度を導入し「教育する文化」を根付かせた結果、新人の定着率が78%から93%へ改善した事例もあります。 
  • デジタル化と人間工学的環境改善 
  • 業務プロセスのペーパーレス化とデジタルツールの導入  
  • 動画マニュアルによる「OJTの効率化」と「心理的負担の軽減」  
  • 5S活動・人間工学に基づく作業環境改善(カイゼン)  
  • 制度設計と柔軟な働き方の整備
     給与や処遇、働く時間・場所といった「衛生要因」は、それ自体が満たされても「継続的なプラスの効果」は生みませんが、不足すると深刻な「不満と不信(離職意思)」に直結します  
  • 人事評価制度の最適化と透明性の確保
  • 柔軟な働き方の選択権の付与(製造業の現場では適用が難しいため、何らかの代替対応が必要になる。)