製造業の経営者は、どこまで現場に入るべきか
― 「現場主義」と「マイクロマネジメント」は違う ―
「経営者は現場を知らなければならない。」
私は、その通りだと思っています。
製造業では、数字だけを見ていても分からないことが数多くあります。月次の売上や利益、生産性、不良率、在庫金額を確認することは重要ですが、その数字がなぜそうなっているのかは、実際に現場へ行かなければ見えないことがあります。
一方で、経営者が現場へ入りすぎることで、かえって組織が弱くなることもあります。
細かな作業方法まで経営者が指示し、問題が起きるたびに直接対応し、管理者を飛び越えて社員へ指示を出す。これを続けると、社員は「社長に聞けばいい」と考え、管理者は判断しなくなります。
では、経営者はどこまで現場に入るべきなのでしょうか。
私は、経営者が現場に入る目的は、現場を「管理する」ことではなく、経営判断に必要な「事実を知る」ことだと考えています。
数字だけでは、現場の本当の姿は見えない
例えば、生産性が前月より5%低下したという報告があったとします。
数字だけを見れば、「もっと効率を上げてほしい」という指示になるかもしれません。
しかし、実際に現場へ行ってみると、新人教育のためにベテランが作業から外れていたのかもしれません。設備のチョコ停が増えているかもしれません。材料の入荷が不安定で、作業者が頻繁に待たされている可能性もあります。
同じ「生産性5%低下」でも、原因によって打つべき対策は全く違います。
経営数字は結果を教えてくれます。しかし、その数字が生まれた背景までは教えてくれません。
だから経営者には、数字を見た後に現場を見る姿勢が必要です。
私は、数字と現物の両方を見ることで、初めて経営の実態が見えてくると思っています。
現場へ行く目的は「間違い探し」ではない
経営者が工場を歩くと、現場には緊張が走ることがあります。
「社長が来た。何か注意されるのではないか。」
これでは、経営者が来る前だけ片付けをしたり、本当の問題を見せなくなったりします。
現場へ行く目的が「間違いを探すこと」になると、社員は問題を隠すようになります。
本来、経営者が知りたいのは、誰が悪いかではありません。
なぜ仕事が止まっているのか。なぜ不良が発生しているのか。作業者は何に困っているのか。もっと良くするために、会社として何を支援すべきなのか。
そうした事実ではないでしょうか。
そのためには、「なぜこんなことをしているのか」と問い詰めるより、「ここはどんな時に困りますか」「もっとやりやすくするとしたら、何を変えたいですか」と聞く方が、多くの情報を得られます。
現場巡回は、監査ではなく対話の場でもあると思います。
経営者が答えを出しすぎると、管理者が育たない
製造業の経営者には、もともと現場出身の方も多くいます。
自分の方が設備にも工程にも詳しい。問題を見れば原因もある程度分かる。そのため、つい直接答えを出したくなります。
「この配置を変えた方がいい。」
「このやり方にすれば早い。」
経営者が正しいことも多いでしょう。
しかし、毎回経営者が答えを出してしまうと、管理者や現場リーダーは考えなくなります。
特に注意したいのは、工場長や課長を飛び越えて、経営者が作業者へ直接指示することです。
社員からすると、直属の上司と社長のどちらの指示を優先すればよいのか分からなくなります。管理者も「どうせ最後は社長が決める」と考えるようになります。
短期的には経営者が直接動いた方が早くても、長期的には組織の判断力を弱くしてしまいます。
経営者が現場で問題を見つけた時には、すぐに答えを出すのではなく、まず管理者に問いかけることが大切です。
「この問題をどう見ているのか。」
「原因は何だと思うか。」
「あなたならどう改善するか。」
こうして考える機会を与えることで、管理者が育っていきます。
現場主義とマイクロマネジメントは違う
私は、現場主義とマイクロマネジメントを分けて考える必要があると思っています。
現場主義とは、自分の目で事実を確認し、現場の声を聞き、それを経営判断へ生かすことです。
一方、マイクロマネジメントは、現場の細かな判断まで自分で決めようとすることです。
つまり、現場を見ることと、現場を自分で動かすことは違います。
経営者が見るべきなのは、個々の作業手順だけではありません。
安全上の問題はないか。品質を守れる仕組みになっているか。設備能力に余裕はあるか。在庫は適正か。人材は育っているか。現場と経営方針にズレはないか。
そして、現場だけでは解決できない問題を経営として取り除く。
そこに経営者が現場へ行く大きな意味があると思います。
現場の問題には、経営が原因のものもある
現場で起きている問題のすべてを、現場だけで解決できるわけではありません。
設備が古くても、投資判断は現場ではできません。人員が不足していても、採用や配置を最終的に決めるのは経営です。営業から無理な短納期要求が続いているのであれば、部門間のルールそのものを見直す必要があります。
経営者が現場へ行く大きな意味の一つは、こうした「現場では解決できない問題」を見つけることです。
経営者自身が現場を見れば、
「もっと頑張ってほしい」
ではなく、
「この設備では限界がある。」
「この生産計画の作り方を変える必要がある。」
「この仕事の流れは部門を越えて見直さなければならない。」
という判断ができます。
現場へ行くことは、社員に改善を求めるためだけではありません。
経営者自身が、経営として改善すべきことを見つけるためでもあります。
最終的には「自分がいなくても回る現場」をつくる
経営者が現場をよく知っていることは大きな強みです。
しかし、経営者がいなければ現場が動かない会社になってしまったら、それは強い組織とは言えません。
本当に強い会社では、現場のリーダーが自分で判断し、問題が起きれば自分たちで原因を考え、改善を進めます。そして、現場では判断できない問題だけが上位へ上がってきます。
経営者の仕事は、すべての問題を自分で解決することではありません。
問題を解決できる人を育て、判断できる仕組みをつくり、自分が現場にいなくても会社が動く状態をつくることです。
だから私は、経営者は現場から離れてはいけないと思う一方で、現場を握り続けてもいけないと考えています。
現場へ行き、事実を見る。人の声を聞く。しかし、細かな答えまでは出しすぎない。そして、現場だけでは解決できない問題を経営の仕事として引き受ける。
それが、経営者にとっての現場主義ではないでしょうか。
経営者が現場へ行く目的は、現場を自分の思い通りに動かすことではありません。
自分がいなくても、現場が自ら考え、判断し、改善できる会社をつくること。
私は、そこまで考えて初めて、本当の意味で「現場を大切にする経営」になると思っています。



