【概念思考】使命
「使命とは、命を授かってこの世に誕生することになった根拠のようなものである。それは、一言で言うなら他者と社会の為に生まれて、生きることである」
私たちは何のために生まれ、何のために生きるのか。その本質的な問いの答えこそが「使命(ミッション)」です。しかし、多くの人は「自分が生きている」という錯覚や我執に囚われ、自らの命を自己最大化や他者からの承認を求めるためだけに浪費してしまいます。自らが大いなる存在によって「生かされている」という厳かな事実に気づき、天から託された本当の役割を自覚したとき、人生のすべての目標や手段は一つの目的に向かって収束し、魂は爆発的な成長を遂げることになります。
「使命」という言葉の語源を紐解くと、天の意思を厳かに拝受し、自らの命を賭して地上で体現するダイナミックな力学が見えてきます。
漢字の起源からみる「使命」
「使」:人を表す「亻(にんべん)」に、公的な実務を担う役人を意味する「吏(り)」の組み合わせ。私心を完全に排し、誰かのために自らの身体を動かして役割を全うする行為を指します。
「命」:神の命令や儀礼の象徴である「令」に、言葉を発する「口」の組み合わせ。人がうやうやしくひざまずき、天や神からの厳かな言葉(天命・運命)を五感で聞き受け、自らの「生命」をかけてそれを引き受ける様子を意味します。
つまり「使命」とは、自らのちっぽけな自我(我)を満たすための生き方を捨て、天から授かったかけがえのない生命(命)を、他者や社会を救うための尊い道具(使)として捧げ尽くすという、人生における絶対的な北極星を意味しているのです。
「使命」を捉える私の概念としては、以下の3点です。
与えられた役目
成長の手段
運命
【コラム:目標の罠を撃ち抜く「生かされる覚悟」ーー逆境の感謝を利他の行動へ即行する】
ビジネスの現場や人生の道程において、多くの人が「売上の達成」や「組織の拡大」といった目先の数字を「目的」と勘違いし、我利我利(がりがり)の迷走に陥って自滅していきます。彼らにとっての成功や地位は、自らの力を誇示するための武器(我執)にすぎません。
なぜ、そのような漂流が起きるのか。それは、他者の痛みを理解せず、自らが大いなる縁(因縁)によって「生かされている」という感謝の念が欠落しているからです。
天が私たちに与えてくれる「困難や逆境(痛み)」とは、自らの傲慢さを粉砕し、使命へと目覚めさせるための神聖な手立てにほかなりません。手痛い失敗や挫折の底で、初めて自らの無力さを知り、周囲の支えへの「有難う」という涙が湧き上がる。その時、これまでは人生の「目的」だと思い込んでいた金銭や社会的評価が、実は単なる「目標・手段」にすぎなかったのだと心底気づかされます。
そして、その気づきに対する感謝を、単なる感情で終わらせず、48時間以内に「他者のために働く具体的な行動(実践)」へと移すこと。それこそが、使命を生きる人間のプロフェッショナルとしての最初のステップです。
誰に褒められるための「承認」もいらない。他者との比較による際限なき「欲」も捨て去る。ただ、自らの命の使い道を「利他」という大義に定め、宇宙の原理原則に身を委ねて即行すること。
目的が明確になった人生は、無駄な言い訳や保身のノイズが一切消え去るため、驚くほどシンプルに、そしてどこまでも楽しく、力強く前進していくことができるのです。


